浄土真宗の法要

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今日は祖父の37回忌をした。実家は浄土真宗で、子供のころから法事に慣れ親しんできたが、宗教についての知識に疎い。祖父母が「おひがしさん」とか「おにしさん」という言葉を使っていたのを覚えているが、それが何を意味するのかを考えたことはなかった。

法然上人が浄土宗の宗祖であり、、そのお弟子の親鸞が浄土真宗の宗祖だということは学校の教科書で習った。しかし、それが自分の生活とは無関係に思って育ったため、「おひがしさん」の意味も知らないままだった。長じてから機会があるごとに学ぼうとしたが、机上の勉強では正確に理解できなかった。

今日の法事に来てくれたお坊さん、菩提寺の住職は、私の幼馴染で伊勢講の仲間だ。休憩時間中にいろいろ聞いた。

浄土真宗には10派がある。本願寺派、大谷派、高田派などだ。「おひがしさん」というのは東本願寺、大谷派のことだ。「おにしさん」は西本願寺で、本願寺派という。住職によると、菩提寺はもともと西本願寺だったのがいつの頃かに東に変わり、檀家も西から東に転派したのだという。

東と西の違いで気になっていたのは仏壇の違いだ。ネットで調べても、サイトによって記載が違い、なにが本当なのかが分からなかった。仏壇に安置した仏像の背後が後光の形と舟型の違いがあるというサイトがあれば、浄土真宗では仏像を置かないと書いてあるサイトもあった。

彼によれば、浄土真宗では仏像は置かないそうだ。しかし、仏壇店が勝手に仏像も含んだ仏壇を作って売るので、買ったほうが「これがお東さんの仏壇だ」と思ってしまう。たくましい商魂が生んだ誤解が広まったということだ。実際には、お西さんの仏壇は金色一色で、お東さんは部分的に黒色の装飾がある仏壇だそうだ。

親鸞といえば「歎異抄」、「般若心経」を連想するが、浄土真宗の大事なお経は『大無量寿経』、 『観無量寿経』、 『阿弥陀経』 の三つだ。これを浄土三部経というが、何を重視するかは地方や菩提寺によって違うそうだ。私の実家では、三部経に加えて『正信偈(正信念仏偈)』が読まれる。49日のときは、すべて読経するが、そのほかの法事では『大無量寿経』、『阿弥陀経』の一部と『正信偈』を読む。

読経、焼香が終わると一同でお墓に参って、供養花、お供え物をし、線香を焚き、読経をする。家に戻って会食(お斎)をする。読経をしてくれた僧侶には『御布施(御経料、お車代)』、お斎(おとき)を辞退されたときは『御膳料』を渡す。3万円+5000円が相場のようだ。

参列者は御供物を供えるか『御供物料』(カタモノという)を手渡す。法事の後で参列者一同に引き出物として『粗供養』を手渡す。あらかじめ準備するのが一般的だが私の田舎では、いただいた御供物を分けて手渡す。昔の49日法要(満中陰)では遺族、親族、友人、知人が集まり、御供物もたくさんあり、参列者だけでなく村中に配った。子供たちが家々に届けると、なにがしかのお返しをいただく。それが子供の小遣いになるのでみんなよろこんで配ったものだ。いつのころからか核家族化、過疎化が進み、村中に配ることはなくなった。その代わりに村の運営費用として3万円(以前は5万円)を納めるようになった。

だいぶ前から、法要も7回忌を弔い上げ(最後の法要)にすることが多いそうだ。7回忌は遺族・親族だけで行うのが一般的で法要の規模を縮小していく習わしだからだろう。もともとの弔い上げは33回忌(地方によっては50回忌)だ。仏教では死者は33年目にはどんな人でも無罪になって極楽浄土に行くと言われているからだ。

37回忌の法要をする家はほとんどなくなったそうだが、私は祖父への報恩の念が強いため、また過去に海外在住の事情があって法要に参列する機会が少なかったので、その不孝を補う気持ちもあり法要した。叔父叔母たちに知らせるかを迷ったが、結局知らせなかった。いずれも高齢(80以上)で外出が容易ではないし、また余計な気遣いをかけたくなかったからだ。叱られるかもしれないが・・・。

孫たち(私の兄妹)を中心にこじんまりと行ったが、いろんな作法があって分からないことが多い。幸い、村に住む弟嫁や妹たちがいるので、彼らに任せることで無事執り行うことができた。『御膳料』は別の言い方だったが忘れてしまった。